前回はR50系のに搭載されたTritecエンジンについてまとめました。最後はMINIとTritecのその後について独自考察を交えてまとめます。
Tritecを捨てたBMWの光と影
初代デビューから6年経過した2007年、2代目となるR56が発売されます。このモデルはR50系と基本を同じとしながら、内外装やパワートレインなどのコンポーネントを大幅にアップデートしています。このモデル一番の注目ポイントだったのは自社製の新エンジンの搭載でした。それはすなわち、Tritecエンジンとの決別を意味しています。
この新たなエンジンはGroup PSAと共同開発され『Princeエンジン』という愛称がつけられています。優れたエンジン技術を持つBMWと、グループ内で販売台数が稼げ高い量産効果が発揮出来るPSA両社の強みを活かしたパートナーシップは驚きの声が上がりました。
スペックは素晴らしかったPriceエンジン
設定された排気量は1.4Lと1.6Lの2種類。ターボや直噴、バルブトロニックの有無による仕様バリエーションは多岐に渡り、さらに制御方法やターボサイズの作り分けでBセグメントからDセグメントまで幅広いモデルレンジに適合するものとして設計されました。市場はようやくBMW製MINIに同社のエンジンが搭載されたことを好意的に受け入れましたし、エンジン素性や性能も優秀であるという評価がされていました。
しかし、その評判は間もなく陰りを見せます。直噴エンジン特有のエンジンヘッド内部のカーボン蓄積問題に加え、オイル過剰消費やタイミングチェーン周りの破損、燃料高圧ポンプの不調など多くのトラブルが発生するエンジンでした。これらの多くは、適切なオイル管理がされていないことや定期メンテナンスが不十分なことが要因と言われています。実際に、認定中古車であってもオイル減りが早いトラブルを抱えていた個体が紛れていたぐらいですから、かなり面倒な事象だったと言わざるを得ません。
3代目では再びエンジンを刷新、モジュラーエンジン搭載へ
その後、3代目F56系統では新設計・BMW独自開発のエンジンに刷新されています。こちらは3気筒・4気筒・ガソリン仕様・ディーゼル仕様・縦置き(FR)用・横置き(FF)用など幅広いレンジをカバーするモジュラー型エンジンとなっており、2024年現在も各モデルに継続搭載されています。Princeの反省が活かされたのか、B38・48系統は致命的なトラブルに見舞われることがほとんどなく安心して乗れるエンジンになったと言えるでしょう。言い換えればBMW側がPrinceエンジンを早々に捨てたことのは『まぁ、お察しください』案件だったんでしょうね・・・。
PSA(STELLANTIS)では今もPrinceが現役
ちなみに、Group PSA側もその後自社開発した3気筒の小型エンジンPureTechを登場させた傍ら、現在もPrinceエンジンを継続生産しています。BMW側ではR56 JCW GP用に製造された218psバージョンが最強でしたが、それよりも遙かに強力な270psバージョンを登場させた他、エミッション規制のEuro6に対応したモデルを開発、独自に進化を果たしています。
現在もPeugeot・Citroen・DSの各モデルに搭載が続いており、2024年現在はPHEV仕様向けにハイブリッドモーターを組み合わせたものも登場しておりまだまだ現役のエンジンです。
総販売台数と中古車流通台数を見てみると
年度 | 2003 | 2004 | 2005 | 2006 | 2007 | 2008 | 2009 | 2010 | 2011 | 2012 | 2013 |
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販売台数 | 12,535 | 13,042 | 13,602 | 13,184 | 14,013 | 12,744 | 11,002 | 11,338 | 14,350 | 16,212 | 16,982 |
中古台数 | 53 | 49 | 48 | 58 | 144 | 57 | 80 | 88 | 90 | 87 | 101 |
年度 | 2014 | 2015 | 2016 | 2017 | 2018 | 2019 | 2020 | 2021 | 2022 | 2023 | 2024 |
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販売台数 | 17,596 | 21,083 | 24,548 | 25,427 | 25,983 | 23,813 | 20,195 | 18,208 | 19,207 | 17,796 | - |
中古台数 | 118 | 86 | 62 | 57 | 53 | 76 | 47 | 48 | 41 | 48 | – |
ちょっとクセのある初代R50、一気に現代っぽく進化したR56、そしてBMWと同じコンポーネントを持つF56と進化していくにつれ、販売台数も右肩上がりで増えていきます。モデルバリエーションが増えたこともありましたが、3代目MINIが発売された2014年以降は日本国内販売2万台の大台を超えるセールスを記録。6年連続で日本で一番売れている輸入車モデルとなりました。
ただその反面、ライトユーザーが大量に流れ込んだことでメンテナンスがおろそかにされる個体も大量増殖。その結果が前述のPrinceエンジンの性質に起因するエンジントラブルが多く発生する結果に繋がっていると思っています。
それを想像するひとつの根拠として、2024年現在の中古流通台数に注目してみました。3ドアモデルのみを対象として初代R50系・2代目R56系の販売台数と中古流通台数の割合をそれぞれ算出。その結果、R50が4%前後、R56が7%前後となります。厳密にはJAIA販売台数の中にはClubmanやCountrymanなどの派生モデルも含まれているので単純な横比較はできませんが、年式から考えるとR50系の流通台数は20年経過しているとは思えないほどに多いと言えます。
乗ってみればわかることですが、確かにR56系統に搭載されているPrinceエンジンのフィーリングはTritecエンジンの比じゃないほどに良く出来ているのは疑いのない事実。ですがシンプルな構造かつ頑丈で修理コストも比較的安く済むという点ではTritecのほうが圧倒的に優れているというのが私の持論です。
Tritecエンジンのその後
さて、Tritecエンジンはその後どうなったのでしょうか。
エンジン屋と呼ばれるBMWが急場しのぎで採用したTritecをいずれ捨てることは既定路線だったと考えるのが順当でしょうが、1998年にChryslerがMercedes-Benzと統合されたこともその選択を後押しした可能性が高いのでは?と思います。BMWにしてみれば前年の1997年に合弁相手としてChryslerを選んだのに、その翌年には強力なライバル関係にあるMercedes傘下になっているんですから、そりゃあ心中穏やかではなかったでしょうし、Group PSAと組み新エンジンを開発したほうがよっぽどマシだったのでしょう。結局、2007年7月にBMWは保有していたTritec Motorsの全株式をChryslerに売却、完全撤退しました。
これにより、Tritec MotorsはChrysler単独で運営されることになりましたが、当初目論んでいたBセグメント車種を世に送り出すことができませんでした。1.6L自然吸気モデルは輸出用NeonやPT Cruiserへ搭載例があったものの、これらのセールスはMINIほど奮うことはなくディスコン。図らずもChryslerが最初に考えていた懸念が的中する格好になり、工場のエンジン製造台数は下降線を辿る一方でした。
既にBMWが撤退を検討していたであろう2006年、ChryslerはBセグメントサイズでCOOPER S向けの1.6 SCエンジンを載せたコンセプトカー・Dodge Hornetを世に放ちましたが、何とも微妙なキャラクターで市場の反応はイマイチで発売には至りませんでした。MINIとScion xBを足して割ったような見た目には思わず笑ってしまう代物で、なぜこんなモデルを・・・と思ったものですが、Tritec社の行く末とBMWが残してくれた遺産をフル活用したい同社の思惑がコレに繋がったと思うと、実に興味深いことでもありました。
行き場がなくなったTritecを拾ったFIAT
その後、Tritecエンジンは低コストであることを活かし、中国の奇瑞汽車や力帆集団などの新興系自動車メーカーへ供給されましたが、当初目論んでいた出荷台数を達成することなく、2007年に製造終了を迎えてしまいます。この頃は既に『ダウンサイジング』の波が訪れており、Volkswagenから登場したTSIエンジンに代表される低排気量エンジンに高効率ターボチャージャーを組み合わせたエンジンが主流になりつつあった頃。旧来の1.6Lエンジンでは勝負になりません。
出荷台数が見込めなければ新エンジン開発が必要になりますが、前述のとおりBーCセグメント車種の開発も進まないどころか、ChryslerはMercedesとの協業体制も解消される始末。その翌年の2008年にはリーマンショックを迎え、Chryslerは経営破綻への道を突き進みます。この状況に目をつけたのが、Mercedesが去った後にChryslerと提携を結んだFIATでした。
2008年にFIATがTritec Motorsを傘下に収めた後、南米で販売するモデルに搭載するため再設計を施し、新ブランド『E.torQエンジン』を開発し2010年より出荷を始めます。構成部品の70%を刷新し『壊れない塊』の象徴だった鋳鉄製ブロックはアルミ製に変更されましたが、同時により高い生産性やエタノール燃料への対応など現代にふさわしいアップデートを施されたエンジンに生まれ変わりました。生産エンジンの一部は欧州にも輸出され、Fiat Tipoや500Xなどにも搭載されています。
最後は自動車業界の再編によりあっけなく終了
2018年には総製造台数が120万台に達し息を吹き返したのですが、2021年にFIAT・ChryslerとGroup PSAが統合されSTELLANTISグループが発足したことが再び転機となります。グループ内にエンジンバリエーションが多くなったことから、E.TorQエンジンの廃止が決定されます。
さらにその後のFiatは2014年にChryslerと合併、2021年にはGroup PSAと統合され、Stellantisグループが発足します。グループ内にエンジンバリエーションが多くなったことからE.torQエンジンの生産終了が決定、翌2022年には工場が閉鎖されました。Tritec発足から23年続いた歴史はここで完全に終止符を打ちました。
疑問:R50開発時の「K・Tritec以外の選択肢」は何だったのか?
さて、前半でR50開発時BMWが自社製のエンジン搭載を検討していたことに触れましたが、いったいそのエンジンの正体は何だったのでしょうか?『もしかしてPrinceエンジンのことを指しているのか?』と思ったのですが、BMWとGroup PSAがPrinceの共同開発を発表したのが2002年7月。実際に開発がスタートした時期は『BMW M54エンジンの開発が終わったあと』と言われているため、Tritec Motors発足後の2000年頃ではないかと考えるのが自然でしょう。
じゃあ、どのエンジンを検討したんだ?と調べると、前述の元・Tritec技術者がいくつか示した条件に合致するエンジンがありました。BMW N42/N40エンジンです。製造期間は2001年から2004年のわずか3年。E46 3シリーズの下位モデルに搭載されています。ダブルVANOSとDISA可変吸気システムがあり、2.0L・1.8L・1.6Lのバリエーションのあるエンジンという内容にも合致していますから、恐らくコイツを載せるというプランもあったのでしょう。でも、明らかにデカイですね・・・。
もしもこのエンジンが初代BMW MINIに搭載されていたとしたら・・・市場の反応はどうだったんでしょうか。当時はまだプレミアムコンパクト市場が暖まっていない時期でしたから、いきなりMINIが3シリーズとそう変わらないプライスタグをぶら下げて登場していたら『こんなのMINIじゃない!』の声が更に多かったんじゃないか?と想像しています。
R50系が名車ならば、Tritecエンジンは相当に貢献している
こうして振り返ってみると、明確に優れている点、印象に残る点はほとんど持ち合わせていないながら、シンプルで頑丈な構造ゆえに何十年経過しても致命傷に陥りづらいTritecエンジンは個人的にやっぱり優れたエンジンだったと思っています。また、R50の車体設計の要件やコスト要件を満たすという点で他の選択肢がなかったこと、後継のR56に搭載されたPrinceエンジンがイマイチだったことを鑑みれば、尚のことTritecエンジンはR50と共にもっと評価されて良いエンジンなんじゃないか?とさえ思います。
上編で触れたとおり、4代目が誕生したMINIもICEモデルはこれが最後と言われています。R50からの流れを汲むF66も、エミッションの制約からエンジンバリエーションは減らされ、トランスミッションはDCTオンリーになってしまいました。最新のJCWモデルのハイパワーさを全面に押し出したモデルも良いですが、R53 COOPER Sのような古風さも後に改めて評価される時代が来る・・・と思うのですが、どうでしょうか。今のところその兆候はあまりありません(笑
コメント
興味深い内容で分かり易く、上編・中編・下編と一気読みしました。
R52を購入する際は車庫に収まるサイズのオープンカーで、現車を見に
行ける範囲で一番安い物w程度の考えで選びました。
納車されてエンジンルームを見て思ったのは、枯れた技術で構成された
エンジン(電子制御スロットル以外)という感じでした。
今のところ通常整備以外でエンジン周りで発生したのは、ヘッドカバー
パッキンの交換とサーモスタットハウジング交換位で『壊れない塊』は
当たっている様です。
コメントありがとうございます。
とても長くなっちゃったので読みづらかったかと思いますが・・・。
枯れた技術・・・なるほど、言い得て妙ですね!まさにその通りと思います。
我が家の個体も『壊れない塊』を証明してくれています。先日15万kmを突破しましたが、エンジンは至って快調です。