前記事ではMini→MINIへの変遷についてまとめました。今回は本題であるエンジンの開発・製造についてまとめています。
Tritec Motorsの誕生
前編で触れたとおり、Roverが開発を行った次世代Miniは自社製のKシリーズエンジンを搭載する前提で設計が進められていました。一方、BMWが検討した次世代Mini=R50は低いボンネットが特徴のスタイルを採用していました。そのスタイルを実現しようと思っても、高さのあるKシリーズエンジンはそのまま搭載できないという課題に直面します。
Rover側の開発チームは自社の資産であるKシリーズの搭載を強く望んでいたため、BMW側が提示したデザイン案の修正を望んだようですが、BMWが出した回答は『Kシリーズエンジンではなく、新たなエンジンを調達し搭載する』というものでした。
その頃、アメリカの自動車ビッグ3の1社であるChryslerもまた、新たな小型車用エンジンの開発を模索していました。ヨーロッパと南米での販売台数拡大を狙っていた同社は新しいBセグメントの小型車が必要と考えていましたが、その車種に搭載する1.6Lエンジンを新たに開発・製造しようにも販売予定台数が少なかったため、不足する資金を拠出してくれるビジネスパートナーを探していました。
小型で低コストなエンジンを求めるRover、開発資金を拠出してくれるビジネスパートナーを探していたChrysler、両社の利害が一致した結果、1997年にBMWとChryslerは各々5億USドルを出資してTritec Motorsを設立、1999年にブラジルに年間40万台の生産能力を持つ新工場を建設しました。そして2000年、2代目Chrysler Neonの海外輸出向けモデルに搭載する1.6L直列4気筒エンジンの製造が始まりました。
これが、Tritecエンジンのスタートです。
Tritecエンジンの起源と中身
Tritecエンジンの開発にあたってのストーリーは、アメリカのMINI関連フォーラムサイト(North American Motoring)にエンジン開発者が自らその内容を綴ったスレッドと、CG別冊MINI STYLEの内容をもとにご紹介します。
合弁会社設立とエンジン供給に際して、BMW側が興味を示したのが『エンジン製造コストの安さ』でした。詳細は後述しますが、Tritec 1.6L直4エンジン開発の下地となったのは初代Chrysler Neonに搭載されていた2.0Lエンジンです。このエンジンのコストパフォーマンスが高かったことにBMWは『不本意ながらも』関心を示し、協業体制を決める根拠となったとされています。
契約に際しBMW側からはパワー・トルク・燃費性能やメンテナンスインターバルなどの数値目標とBMW基準のテスト要件が含まれていたようですが、細かな技術的オーダーはありませんでした。また、契約当初は1.6L自然吸気エンジンのみの供給契約でしたが、後にハイパワーバージョンと一部市場向けの1.4L 75psバージョンの製造を追加オーダーしています。前者はスーパーチャージャーを搭載したものとなり、ご存じのとおりCOOPER Sに搭載されました。後者は広く流通することはなく、ポルトガルとギリシャ向けモデルに搭載されています。
これらの背景から考えると、初代BMW MINI(R50系)へのTritec エンジン搭載は前向きに検討されたものではなく、Kシリーズエンジンを搭載したかったRover、エンジン屋と呼ばれるにふさわしいものを搭載したかったBMW共に『本意ではないけど、コスト制約を考えればまぁ仕方がない』というチョイスだったことが窺えます。
前出のTritec技術者のコメントによると、次世代MiniへのTritecエンジン採用を決定した当時、BMWもまた直列4気筒1.6Lエンジンの開発を行っていたとあります。DOHCでダブルVANOSや可変インテークマニホールドを搭載したそのエンジンは、Kシリーズエンジン搭載を見送ったのと同じくサイズが大きいという問題があった上、仮に搭載したとしてもコスト上不利と判断され採用されなかったそうです。このエンジンについては後述。
ただ、結果的にR50の利益率については、後にプロジェクトリーダーが明かすところとして『厳しい』というもの。当時のBMWボトムラインモデルであった3シリーズコンパクトをちょっと下回るぐらいというラインだったようですから、結果的にはTritecエンジンしか選択肢がなかったというのが本音なのではと思います。
実際、Tritecエンジン調達が決まり、合弁会社が動き出した後のエンジン開発に於いてはChrysler側が主導で進められています。車体開発を進めるRover、資金を捻出したBMWともにブラジルTritec社に開発スタッフを送り込むことはなく、ほぼ『お任せ』状態でした。
この1.6L SOHC Tritecエンジン開発の下地になっているのは、前述のとおりChrysler Neonに搭載されていた2.0L SOHCエンジンです。2つのエンジンは全くの別モノですが、その設計自体には共通点がいくつかあります。開発にあたっては、自然吸気で300ps以上のパワーを誇ったツーリングカーレース用エンジン(Dodge Stratusに搭載)の吸排気設計も活かされているとのこと。技術者が『リンゴ型』と呼んでいたエンジンヘッドの形状が特徴的です。また、異例に長いインテークマニホールドも似たような構造になっています。
殊更に新技術が盛り込まれたものでもなく、当時の基準でも特筆するほど優れたスペックではないエンジンではありませんでしたが、逆にその普遍的な設計を採用していることが結果的に評価される要素でもあります。鋳鉄製のエンジンブロックはとても肉厚な作りをしており、全体的に頑丈な作り込みがされている結果、海外では『壊れない塊』と呼ばれることもあります。
話題が大幅に逸れてしまうので割愛しますが、Chrysler Neon 2.0Lエンジンについては以下のサイトに詳しい記載があります。Neon自体が『日本車キラー』として開発されたこともあり、搭載エンジンも何かに特筆した性能を持たせるのではなく、総合的にバランスが取れたエンジンを目指していたようです。その後のTritecエンジンも同じ考え方だったのかもしれません。
参考までに、Tritec Motorsが公開していたエンジンラインナップの性能比較表を掲載しておきます。
1.4L | 1.6L | 1.6L Supercharged | |
---|---|---|---|
Engine Model | Otto cycle, 4-stroke gasoline | Otto cycle, 4-stroke gasoline | Otto cycle, 4-stroke gasoline |
Induction | Naturally aspirated | Naturally aspirated | Forced – volumetric compressor Roots type Eaton M45 with intercooler |
Layout | 4 cylinders in line, 16 Valves | 4 cylinders in line, 16 Valves | 4 cylinders in line, 16 Valves |
Displaceament (cc) | 1397 | 1598 | 1598 |
Valvetrain Type, Drive & Layout | 16 valves, SOHC, roller rockers with hydraulic tappets. Chain driven with hydraulic tensioner. | 16 valves, SOHC, roller rockers with hydraulic tappets. Chain driven with hydraulic tensioner. | 16 valves, SOHC, roller rockers with hydraulic tappets. Chain driven with hydraulic tensioner. |
Bore x Stroke (mm) | 77 x 75 | 77 x 85.8 | 77 x 85.8 |
Compression Ratio | 10.5:1 | 10.5:1 | 8.3:1 |
Cylinder Blocks – Material | Grey Cast Iron | Grey Cast Iron | Grey Cast Iron |
Cylinder Heads – Material | Aluminum alloy A319 – High Silicium Content | Aluminum alloy A319 – High Silicium Content | Aluminum alloy A319 – High Silicium Content |
Fuel Delivery System | Multipoint Sequential Fuel Injection | Multipoint Sequential Fuel Injection | Multipoint Sequential Fuel Injection |
Engine Management System | Siemens 2000 | Siemens 2000 | Siemens 2000 |
Valve Diameter (mm) | 30.23 Intake 23.26 Exhaust | 30.23 Intake 23.26 Exhaust | 30.23 Intake 23.26 Exhaust |
Maximum torque (Nm @ rpm) | 122 @ 4200 | 149 @ 4500 | 210 @ 4000 |
Maximum Power Output (kW @ rpm) | 55 @ 5600 | 85 @ 6000 | 120 @ 6000 |
External dimensions Length x Width x Height (mm) | 590 x 465 x 675 | 590 x 465 x 675 | 615 x 565 x 675 |
Weight of engine (kg) | 104 | 104 | 118 |
また、エンジン設計そのものの話ではありませんが、BMWが強調するポイントとしてドライブバイワイヤの搭載が挙げられます。今でこそ普遍的な機構になりましたが、デビュー当時、同クラス車での採用は極めて異例でした。これにより理想的な燃料供給を可能になったとコメントされています。
更にエンジンを強化:ヘリテージに白羽の矢
BMWが初めて手がけた前輪駆動車、そして偉大なMiniの真の後継車として登場したR50シリーズですが、案の定エンジンに対する市場評価はイマイチでした。当然、BMW側もその評価に対して黙って見過ごすわけにもいきません。その一環として、前述のCOOPER S用スーパーチャージエンジンを追加開発・搭載をしましたが、それでも足りないと考えた結果、『COOPER』の基となったJohn Cooper(と息子のMike Cooper)と組みJohn Cooper Worksラインを登場させます。
このキットはポート研磨が施されたシリンダーヘッドや小径プーリーを採用したスーパーチャージャー、電動フラップで2ステージ可変となる専用エアクリーナーボックスやスポーツマフラー、ECUアップグレードをセットにしたもので、ノーマルの170ps/220Nmからキット装着により210ps/240Nm(※後期型)まで強化するものでした。
メーカー保証付きで後付けチューニングキットが発売される例は今や珍しくないですが、当時は少数派。当然、エンジン耐久性を考慮しそこそこのチューニングで留められおり、ポート研磨状態やECUチューニングもまだまだ伸びしろはあったようで、250psあたりまでは簡単に許容できる余裕はあったようです。
その代わり、後付けJCWキットの価格は税別77.6万円。当時の貨幣価値から考えると一般人は簡単に手出しできるものではありませんでしたね・・・(笑
モデルライフ後半にはJCWキットライン装着オプションが追加、新車の段階からJCW仕様を選ぶことが可能になった他、モデル末期には全世界2,000台限定のJCW GP Kitが登場。リアシートを取り払い2座化しただけでなく、専用エアロパッケージやR56用アルミロアアームの採用など次世代を先取りした内容に仕上がっており、発売早々に完売するほどの人気を博しました。
誉れ高い愛称:『壊れない塊』
前述のとおり、Tritecエンジン最大の特徴は『頑丈でなかなか壊れない』ことに尽きます。私の経験上、10万km程度はメンテナンスと点検さえ怠らなければ無問題、多少のオイル滲み・漏れも発生すれど、都度対処すれば何も心配がないというレベル。むしろオイルと水回りのチェックさえ怠らなければ、難しいことを考えなくてもとりあえず動くんじゃない?というぐらいのもの。
その中でも、オイルについてはエンジン開発時にBMW側から25,000kmのオイルインターバルに適合する仕様を要求しました。一方Chrysler側が従前設定していたのは7,500mi=約12,000kmでしたから、おおよそ2倍近い耐久度を持たなくてはなりません。この件については両社間で相当議論になったとのことでしたが、最終的には25,000kmが設定されています。エンジンやオイル側の進化も必要ですが、適切なオイル管理ができるメンテナンスプログラム(当時はMINIサービスフリーウェイ)も重要な役割を担っていたと言われています。
とは言え、当時は10,000kmはおろか25,000km無交換に対してはさすがに懐疑的な見方をするほうが多かったのも事実。かくいう私もその一人で、小まめにオイル交換をしていましたが言ってしまえば金のムダ。今やそれが当たり前になりましたが、当時は凄く驚いたものです。現在はおおよそ15,000kmごとにBMW LL-01承認オイルを交換することにしていますが、このサイクルでトラブルに見舞われたことはありません。
『壊れない塊』にも注意すべき点がいくつかあります。まず、エンジンベイに余裕がないため冷却系のダメージが蓄積しやすい点があります。特にスーパーチャージャーを搭載しているR53は熱の発生源が多く、冷却水系統も複雑なため注意が必要です。エンジンスペースに多少の余裕があるR50のほうが熱ダメージによる故障は少ないでしょう。
よく知られているところではサーモスタットやサーモスタットハウジング、ジョイントホース類の破損が挙げられます。ただしこれはエンジンの冷却性能が著しく足りないというものではなく、各所に樹脂パーツが多用された結果、長時間熱によるダメージを受けて破損→その結果、冷却水漏れが発生しオーバーヒート、最悪ガスケット抜けを起こし深刻なダメージを与える可能性があります。また、COOPER Sに限っては樹脂製の冷却水エキスパンションタンクが割れて冷却水漏れを引き起こすことも報告されています。
ちなみに14万kmの間、1度も冷却系の整備をしたことがない(であろう)我が家のR52のサーモスタットハウジングや接続ピースなどの樹脂パーツ類にダメージは発生していませんでしたが、実際に作業をやってみるとスペースに余裕がなく熱にやられるのは容易に想像ができます。
また、エンジン自体の問題ではありませんが、電動ファンレジスターの故障も定番のひとつ。これにより、2段階動作する電動ファンが高速モードしか稼働しなくなるため、結果的に慢性的な高温状態が続き熱害を引き起こす要因に繋がります。
また、ガスケットやシールからのオイル漏れもよくある症状とされています。ヘッドカバーやオイルパン、オイルフィルターハウジングのガスケットを交換することで対処できます。そもそもTritecエンジンの場合は『少量のオイル滲みは結構当たり前に起きる』と言われており、各所のガスケット・シールを交換することで対処可能ですが、多少の滲みは許容範囲と捉え乗り続けるオーナーが多いのも事実だったりします。
言い換えれば、水温管理とオイル管理さえ怠らなければ深刻ななダメージを負うようなトラブルにはあまり遭遇しないと言われています。10万km程度であればほとんど問題なく、20万km超でも問題なしと言われており、とにかく頑丈だという評価です。それを裏付けるように、同年代の輸入車が既に路上から姿を消していても未だにR50系MINIは多く現存することからも、致命的なトラブルが少ない(起きても対処がしやすい)と言えるでしょう。
ちなみに2台のR50系を保有していた私の場合、2003年式R50 COOPERは8年10万kmの間に低速電動ファン交換・シリンダーヘッドガスケット交換・サーモスタット交換を経験、2005年式R52は電動ファンレジスター交換を2度も経験済みですが、冷却系に関するトラブルは起きていません。それでもMU前後関係なく発生するトラブル傾向は一緒のようです。
トランスミッション選択も右往左往
ちょっと本題から外れますが、エンジンと密接に関わるトランスミッションについても触れておきます。
Tritecエンジンに組み合わせるマニュアルトランスミッションを取っても、BMW側・Rover側それぞれに思惑がありました。BMW側が提示したのはGetrag社製のユニット、Rover側が提示はMidlands(自社)製のユニットを検討していました。結果、ONE/COOPERにはRover側が提示したMidlands R65ユニットを搭載するに至りますが、その決定プロセスに於いてはスペックの比較だけでなく耐久テストやコストメリットの検討など長時間を割いて検討されたと言われています。
このR65の歴史は古く、1989年に発売された2代目Rover 200シリーズにはじめて搭載されたもの。Group PSAと共同開発(※ベースはPSA側保有技術)されたものです。一度でもこのトランスミッションのフィーリングを試したことがある方であればお判りと思いますが、お世辞にも良いモノとは思えないデキでした。前述の搭載ユニットの選定に当たってはテストが繰り返された上で品質向上も図られたとのことですが、実際には故障事例が多く報告されていますし、私が所有していた2003年型COOPERも終始ミッションの調子はグズグズで困ってしまうことも多々ありました。
一説ではRover側は15インチホイールに普遍的なラジアルタイヤ装着で車体設計を行っていたものの、後にBMW側の方針で16・17インチホイールとランフラットタイヤを追加設定したことで、全体のマッチングが悪化する(=故障を誘発する)要因になったと言われています。
これについては身をもって体験済みで、R50 COOPERに純正17インチホイール×ランフラットタイヤ仕様を購入した私は後に大きな後悔をし、結局純正15インチホイールに換装しています。見た目はダイナミックでしたが乗るとすぐにダメさが際立ちました。どう考えても車両にアンマッチな組み合わせでしたし、パワートレインに掛かる負担も15インチの比ではなかったはずです。
なお、開発途中に追加されたCOOPER SについてはMidrands R65の許容トルクを超えていたため、デビュー当初からGetragの6速MT(GS6-85BG)を搭載しています。皆がGetrag製ミッションに対し抱く印象のとおり、カッチリとした精度を感じるシフトフィーリングを有していました。
その後、2004年8月のモデルアップデートの際にONE/COOPERもGetrag製(GS5-52BG)に換装。BMW側ではサプライヤー変更に関して特段のアナウンスをしていませんが、それがMidlands製からGetrag製に切り替わったというニュースは既オーナーから羨望の眼差し。MU前R50のMT仕様を保有していた私もそのひとりです。なお、COOPER S用に搭載の6速MTもモデルアップデート時にギア比が見直されています。
もうひとつ、ONE/COOPERにはZF製CVTも設定。ヨーロッパではこのクラスのモデルはMT仕様のほうが好まれており、CVTは不人気でした。ルーツはRover 100/200に搭載されたものをベースにBMWではお馴染みのステップトロニック機能を追加したものでしたが、故障が多く耐久度も高くなかったため中古界隈からは『避けるべき案件』と言われています。
それでも、CVTモデルは元来AT比率が高い日本では大人気モデルとなり、2005年当時は日本市場における販売台数のうちONE/COOPERのCVTモデルの割合は実に77%に達しています。蛇足ですが、言い換えると3割弱のオーナーがMT仕様をチョイスした事実にも驚き。当時はCOOPER SがMT専用モデル(後に6速AT搭載モデルが追加)だったため。それでも、スポーツカーではないモデルのMT比率が3割というのはちょっと驚きの数字だったのではないでしょうか。
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